心理学の方法
現代の心理学の視点や、その方法を理解するために知っておくべきこと、心理学の方法についても理解しておきましょう。
19世紀の西洋では、観察や実験などを通して確実な根拠をもとに研究を進めていく実証主義が盛んになりました。そのため、物質の構造や作用についての科学的研究が活発化して、その成果が社会に蓄積されつつありました。生物の身体的構造だけでなく、動物の行動を知ろうとする研究も行われつつあり、こころについてもその例外ではありませんでした。
そのような時代の中で、ヴントは心理学の体系化を試み、心理学の研究対象を「われわれが直接経験する意識内容にある」として「内観法」を主張しました。内観法とは、刺激を十分にコントロールできる実験室をつくり、そこで実験参加者に刺激を提示し、その体験を報告してもらうという方法です。この方法であれば、哲学のように心理学者によって報告が異なるということはなく、心理学を科学的な学問にしようとしたのです。
しかし、内観法で十分に信頼できる報告をしてもらうには、実験参加者は訓練を受けた人でなければなりませんでした。その結果、内観に熟達した、選ばれた人が対象の心理学となりました。現在の心理学では、その対象を「日本人」とか、「ヒト」と提起した、対象を選ばないものとなっています。
ヒトのこころを理解するためには、成人だけを対象にしていてはいけません。成長の過程での変化にも着目する必要があります。しかし、ヴントの内観法では、十分な訓練を受けることが困難であり、成長とともにその感覚までも変化する子どもの報告は信用が置けないとされ、発達的研究(個体発生的研究ともいう)は除外させることとなりました。
そのような発達的研究は当時、すでにダーウィンをはじめとした幾人かの研究者によって行われていましたが、心理学にその分野が確立されたのは、20世紀半ばのことでした。現在では、まだ話すことのできない新生児や乳児にまで研究の幅は広がっています。
ヒトという枠のなかで、成人と新生児を比べるのとは方向性を変えて、ヒトとそれ以外の動物を比べる研究(これを系統発生的研究という)も行なわれています。代表的なものは言語理解に関わる研究で、チンパンジーに言語習得をさせてコミュニケーションを可能にしたという報告もあります。
知的能力や情動的な働きの特徴が、育成環境によってどのように左右されるかを研究するには、動物実験が不可欠です。ヒトを対象にすることは倫理的にはばかられる育成実験や交配実験が、動物を対象として行われています。また、哺乳類とヒトの構造は似ているため、その脳の一部を破壊したり、特定の部分に刺激を与えたりする実験もあります。非人道的な印象も受けますが、その研究は大きく人類に貢献しているといって間違いないでしょう。
さらに、こころの働きを理解するためには、健康な状態のこころばかりではなく、それが適切に働かなくなったときの状態や、働かなくなるための条件を知る必要があります。そのような臨床的・病理学的研究では、内観法に頼り切ることができません。知的な遅れや、何らかの精神的な問題によって、健康なこころの持ち主であっても自分の状態を正確に言語化することが困難になる場合があるからです。
精神分析学創始者のフロイトは、そのような問題意識を強く持っていた一人でしょう。言語報告というものを過信せず、それを材料として心的状態を推測する必要性があります。
おさえておくべき心理学の方法として、@内観法A個体発生的研究B系統発生的研究C臨床・病理学的研究がありました。これらの方法は、現在も使われているかどうかを別にして、現在の心理学の方法を理解する上で重要な知見です。